「赤ちゃんプレイ」ではない、これは「救済」だ。全大人が保育園の先生にヨシヨシされたい真の理由。

 

私が幼き日に出会い、家族以外の存在として初めて意識した女性は、保育園の先生でした。

 

美人で豊満な彼女がまとう空気には、単なる官能を超えた、生命の根源に触れるような「母性」が満ち溢れていました。

何より私の目を釘付けにしたのは、あのジーンズのお尻です。

ジーンズごしに強調されるムチムチとしたお尻が本当に美しく、なによりもᎻでした。

 

先生が子供の目線に合わせて深く腰を落とすたび、その生地がはち切れんばかりにはりつめ、大きなお尻がムチムチと突き出ました。

 

そして、ジーンズから僅かにはみ出た生尻が想像を絶する吸引力をもって私を誘惑しました。

当時の私にとって、無数の雑務を完璧にこなし、聖母のような優しさと美しさで君臨する先生は、まさに女神そのものでした。

 

そして、今でも脳裏に焼き付いて離れない光景があります。

 

それは、前傾姿勢で私をみつめる先生の、エプロンの奥に広がる豊かな2つの巨乳です。

 

そこには、労働による汗をまといながら重力に従って豊かに揺れる、想像を絶するほど大きな二つの乳房がありました。

 

その汗ばんだ谷間の白く艶やかな輝きと、ユサユサとゆえる大きな2つのお乳に私は脳天を叩き割られました。

 

これが働く女性の美しさなのかと本能的に理解したのです。

 

これまで様々な経験をしてきましたが、あの光景以上の経験は未だにありません。

そして、大人になり、実社会という戦場でボロボロになった今、私はあの優しい先生に、あの赤ちゃん言葉で思い切り慰めてほしいと切実に思うようになりました。(´;ω;`)

 

単刀直入にいえば、また先生のユサユサゆれる大きな2つの乳房をみながらヨシヨシされたいのです。(´;ω;`)

 

巷では「赤ちゃんプレイ」なる高尚な遊びが人気らしいですが、もしかすると、これは皆が幼い頃の保育園の先生の幻影を追いかけているからではないかと推察いたします。

 

つまり、あれは赤ちゃんプレイというよりも、「保育園の先生にヨシヨシされたいプレイ」と呼ぶべきなのです。

 

「よしよし、頑張ったねぇ」「えらかったねぇ」と頭を撫でられ、その深い包容力の中で、張り詰めた大人の仮面を剥ぎ取ってもらいたい。

 

それは決して恥ずかしいことなどではなく、苛烈な日常を生きる大人が本能的に求める、聖母による救済に他ならないのです。

 

だからこそ、赤ちゃんプレイは大人の男達に大人気なのです。

 

そんな思いを背景に、私はあの時の先生にそっくりなキャラクターである「さや先生」を作りました。
(今回の記事で使っているイラストのキャラが「さや先生」です。)

さや先生こそ私の記憶に残る聖母のような先生の生き写しであり、私の理想の働く女神です。

 

私と同じように保育園の先生が好きだという方がおりましたら、ぜひさや先生を推してください。間違いなく日々の疲れが癒やされることを、ここに保証いたします。

 

同じ委員会仲間として、ともに働くさや先生を見守ってまいりましょう。

 

さや先生万歳!バンザイ!!

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